地震や台風など自然災害が多い日本。2011年に発生した東日本大震災をはじめ、毎年災害によって大きな被害が出るたびに、各自治体や個人の防災意識は高まりを見せています。では、多くの居住者が暮らすマンションでは、どのような防災対策が行われているのでしょう。今回は、かねてより大規模な防災訓練を実施している多摩川芙蓉ハイツ(東京・大田区)の管理組合理事長・小野さんと、自治会会長・黒坂さんにお話を聞きました。さらに、防災士の釜石徹さんが、多摩川芙蓉ハイツの防災対策にアドバイス。プロの目線で改善点などを伝授します。
阪神・淡路大震災でマンションの防災意識が高まった
すぐ裏手に多摩川が流れている多摩川芙蓉ハイツは、全399戸に1,200人以上が暮らす、4棟からなる大規模マンションです。自衛消防組織である防災管理委員会は、自治会と管理組合、シニアクラブ、ペットクラブの4つから構成され、地震と水害ぞれぞれの災害対策マニュアルを作成しているほか、1年に1回の防災訓練や非常時のための備蓄など、日頃から災害への対策をしっかり行っています。
「防災意識が高まったのは、1995年に起きた阪神・淡路大震災がきっかけです。まず、非常時の飲み水を確保するため、井戸を掘ることにしました。敷地内をボーリング調査すると、温泉が湧き出たものの、あいにく飲み水には適さないという結果に。ただ、トイレなどの生活用水には使用できるので、ポンプを設置し、非常用に大型な発電機を設置しました。また200トンの貯水槽には地震用の緊急遮断弁や取水用の蛇口を設け、災害時の対応策も講じています。地震では停電になる可能性が高いので、この発電機を作動させると、自動的に建物の外側にある非常階段の照明が点く仕組みになっています。合わせて管理棟にも送電され、管理棟内の非常コンセントで携帯電話の充電が可能となります。」(黒坂さん)


マンション全体として、ペットボトルの飲料水1,200本のほか、紙おむつやトイレットペーパーなどの生活用品、ガソリンタンクや小型の発電機なども備蓄しています。 「飲料水は1住戸あたり2〜3本の計算となり、備蓄はあくまでも災害が起きた直後に配る分のみ。それ以上は、各ご家庭で備えていただくことになります」と話すのは、多摩川芙蓉ハイツを担当し、ともに防災対策を推進してきた、日本ハウズイングの萩ノ谷さん。「根底にあるのは“自分の命は自分で守る”という考え。例えば、最低でも3日分、できれば7日分といわれている備蓄についても、マンションでそれだけの量を用意することは難しいですから、各ご家庭でしっかり備えてもらわなければいけません」(黒坂さん)

防災訓練は、共助の礎となるコミュニケーションのきっかけにもなる


ここ3年ほどは新型コロナウイルスの影響で実施を見合わせていますが、多摩川芙蓉ハイツの防災訓練は1年に1度、120〜130名の居住者が参加する大規模イベントです。
「地元の消防署の協力のもと防災訓練を始めた当初は、参加者をいかにして集めるかが大きな課題でした。“防災訓練をやります”とアナウンスしただけではなかなか集まらず、自治会でおにぎりや豚汁といった軽食を用意して、訓練に参加した人が受け取れるようにしました」(黒坂さん)
さらに、訓練に参加した子どもたちにはお菓子を配布したり、事前に子どもを対象とした防災ポスターの募集を行い、訓練当日に表彰するなど、子育て世代にも積極的に参加を促しているといいます。「軽食やお菓子は部屋に持ち帰ることもできるほか、敷地内の広場で食べてもOKなので、顔見知りになった人同士、おしゃべりしながら外で交流を楽しむ様子が見られました」(萩ノ谷さん)
「備蓄と同様、防災訓練も防災管理委員会による“マンション共助”の一つとして行っていますが、基本は、居住者自身が備蓄や防災対策を行う“自助”や、居住者同士が困ったときに助け合う“共助”が大切だと考えます。そのためのコミュニケーションの場として、マンション内のイベントを機能させるのが、我々の役割です」(小野さん)
そのほか、防災管理委員会ではガスメーターの復旧方法やベランダの台風対策といった災害時に必要な情報を、毎月管理組合が発行している広報誌に掲載し、自助を促しています。

水害対策マニュアルを見直し、“水平避難”から“垂直避難”に変更
多摩川芙蓉ハイツの防災マニュアルや防災訓練は、当初、大地震を想定したものでしたが、2019年の2度の大雨を機に、水害対策にも本格的に力を入れ始めたといいます。
「多摩川のすぐ近くという立地のため、近年の大雨には危機感を抱いています。災害用の備蓄倉庫は1階にあるのですが、多摩川が氾濫すると水没する可能性もあるため、2022年、管理棟のバルコニーに新たに倉庫を設置し、そちらにも備蓄を分散させています」(小野さん)

1983年5月竣工/399戸
また、これまで“水平避難”を基本にしていたマニュアルを“垂直避難”に変更。低層階の居住者は一旦上層階のエレベーターホールに避難したのち、受け入れてもらえる住戸に避難をさせてもらえるよう取り決めたといいます。
「防災管理委員会として備えはしていますが、まだまだ完璧というわけではありません」と話す小野さん。コロナ禍で密になることを避けなければいけない今、今後は実践的な訓練をどのように行っていくかが課題だとお話ししてくれました。
話を聞いたのは

黒坂 美喜雄さん(左)・小野 亮さん(右)

日本ハウズイング 城南支店萩ノ谷 崇人 統括マネージャー
~マンション防災士・釜石徹さんがアドバイス~
防災管理委員会が先導して、まずは自助の状況把握を
教えてくれたのは

釜石 徹さん災害対策研究会主任研究員兼事務局長/マンション防災士
マンション特有の防災対策の研究を長年続けている。2011年に大田区の防災委員として「逃込むだけの避難所から地域防災に立向かう拠点へ」を提唱し地域防災計画に採用された。多くのマンションでの防災セミナーや自治体の防災講演会の講師として活躍中。災害で電気・ガス・水道が止まっても、長期間の在宅避難ができる方法を提唱しており、その方法は具体的でかつ実践的と好評を得ている。2020年11月に『マンション防災の新常識』を出版。長年の研究や実践から生み出した新常識はこれまでの防災対策に不足感を持っていた防災人にとっての新しい指標となっている。朝日、日経、毎日、読売、神奈川、夕刊フジの新聞各紙、『婦人之友』などの雑誌からの取材やラジオ番組への出演も多い。
停電時に非常階段の照明が点灯する設備や、防災訓練に参加してもらうための企画、水害時の垂直避難の検討など、どの対策も効果的で良いと思います。何より、「備蓄は各家庭でしっかりと」という考えをお持ちなのは素晴らしいです。今後も、防災対策を普及させる活動の中で、居住者同士の顔が見える関係を広げていきましょう。
一方で、「災害時には200トンの貯水槽に緊急遮断弁や取水用蛇口を取り付けて生活用水に」とのことですが、停電時にはエレベーターが利用できない高層階の居住者をはじめ、各戸への運搬方法はどのようにお考えでしょうか? 夏場は4日目あたりから水が劣化するので、浄水器も必要になりますが、その対策は? 水の備蓄については、各家庭での備え方とあわせて、今一度検討する必要がありそうです。
さらに、もう一歩踏み込んで、全家庭が1週間の在宅避難ができるようになることを目指すと、防災対策がより強固なものになります。とはいえ、「自助をしましょう」と呼びかけるだけではなかなか進みません。そこで、防災管理委員会が各家庭の防災力を把握して、具体的な指導を推進することをおすすめします。
例えば、次のような簡単なアンケートで自助の状況を調べると、居住者の弱点がわかります。その弱点を強化する対策を行って、1年後に同じアンケートを行います。これを毎年繰り返していけば、確実にマンションの防災力は向上します。
- 水や食料は何日分備蓄していますか?
- カセットコンロは持っていますか?
- 非常用トイレは何日分用意していますか?
- 家具の転倒防止対策はしていますか?
- ガラスの飛散防止フィルムは貼ってありますか?
また、長期在宅避難時の食事対策となる演習問題を紹介します。今日から買い物をしないで、現在自宅にある食材だけで1週間分のメニューを考えてみるのです。どこの家庭でも3~5日分のメニューができるでしょう。それに、缶詰、レトルト食品、乾物などを加えることで、1週間のメニューにたどり着くはずです。
ぜひ、来るべき日に備えた防災対策を、引き続き実践してください。
取材・文/須川奈津江
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