自然災害が多く、近い将来、大きな地震が起きるとも予測されている日本で、マンションの管理組合や防災委員会はどのような備えをすればよいのでしょうか。9月1日の防災の日にちなんで、マンションの防災を具体的にどう進めていくべきか、マンション防災士の釜石徹さんに話を伺いました。
耐震構造のマンションは“在宅避難”が原則
「地震など大きな災害が起きたら指定された避難所へ行く」——、そう考えている方は多いのではないでしょうか。しかし、マンションに住んでいる場合、特別なケースを除き、その考えは正解ではありません。なぜなら、耐震構造のマンションなら倒壊することはありませんし、上層階であれば、水害から逃れることも可能だからです。
(ただし、旧耐震タイプのマンションはこのケースに該当しませんので、耐震化計画を進めることが重要です。)
加えて、避難所の収容人数の問題もあります。例えば、避難所となる小学校・中学校、一つあたりの収容人数は1,000〜1,500人です。しかし、該当する地域の対象住民は8,000〜1万人とも言われており、当然、収容人数内には収まりません。さらに、近年のような“3密”を避けなければいけない状況では、収容人数の上限は半分以下になってしまうのです。
そのため、避難所は本当に必要とする人こそが使うべき場所であり、耐震構造のマンションに住んでいる家庭は、災害が起きても自宅にとどまる“在宅避難”が原則です。
しかし、停電ともなれば、平時と同じ生活が送れるわけではありません。そこで必要になるのが備蓄です。一般的に、災害に必要と言われている備蓄は「3日分、できれば7日分」とされています。確かに、過去の大震災を振り返ると、電気の供給は3日以内に再開していますが、これは発電所に被害がなかった場合に限られます。東京湾沿岸が震源地となる首都直下型の地震が起きると、発電所が東京湾岸部に集中していることから、1週間以上の停電が予想されます。また、それ以外のエリアでも、台風などの影響で長期間停電が発生する可能性は十分考えられます。そのため、発電所の被害状況にもよりますが、10日分以上の備蓄をしておくことが望ましいと考えられます。
防災委員会の役割は、“自助の推進”と“ノウハウの共有”
マンションによっては、防災委員会のみならず、いざという時には災害対策本部を立ち上げる準備をしているところもあるようです。また、火災に備え、定期的に避難訓練を行っているというマンションもあるでしょう。しかしその一方で、在宅避難を前提とした、ケガをしないための対策や備蓄は、居住者に任せきり……というケースがほとんどのようです。
食料や水、非常用トイレなどを共同備蓄しているマンションもありますが、先に述べたように、10日分以上の備蓄となると、住民全員分をまかなうのは難しいでしょう。そのため、各住戸で個別に備える必要があります。
しかし、「各家庭で対策をしっかり行ってください」と掲示したり、通知を出したりするだけでは、居住者が“自分ごと”として考えることは難しく、防災対策は進みません。そのため、居住者が在宅避難や備えを“自分ごと”として考えてもらい、自助を促すことこそが、防災委員会最大の役割となるのです。
定期的なアンケートとイベントでマンション全体の防災力を上げる
では実際には、どのようにして自助を推進すればよいのでしょうか。最初に行ってほしいのはアンケートです。項目は簡単で、以下の5つくらいでよいでしょう。
- 水や食料は何日分備蓄していますか?
- カセットコンロは持っていますか?
- 非常用トイレは何日分用意していますか?
- 家具の転倒防止対策はしていますか?
- ガラスの飛散防止フィルムは貼ってありますか?
ほかにも、アンケートには高齢者や小さい子どもがいる家庭など、災害時に手助けが必要かどうかを問う質問も設けておくと、いざという時にどう共助するか、具体的な対策も進められます。
最初は回収率が悪いかもしれませんが、そこでめげてはいけません。結果をもとに、例えばカセットコンロを持っている家庭が少なければ、防災委員会が中心となって、カセットコンロの活用方法を紹介するイベントを行うとよいでしょう。また、高齢の方で、家具の転倒防止対策やガラス飛散防止対策が自力でできない場合は、防災委員会や近隣の住民が手を貸すことも一案です。カセットコンロを使ったポリ袋調理の方法や、ガラス飛散防止フィルムの貼り方などは、参考になる動画がWeb上にもたくさんあります。
こうしたノウハウを一人でも多くの居住者に伝えることこそが、防災委員会の役割であり、マンションの居住者一人ひとりが防災対策を“自分ごと”として捉えることにつながります。そうすることで防災への意識が高まり、ひいてはマンション全体の防災力が高まることになります。そのため、アンケートやイベントは1年に1回程度、定期的に行うことをおすすめします。
※マンション防災【後編】(2022年10月更新予定)では、マンション防災に取り組まれている管理組合の事例をご紹介します。
教えてくれたのは
釜石 徹さん災害対策研究会主任研究員兼事務局長/マンション防災士
マンション特有の防災対策の研究を長年続けている。2011年に大田区の防災委員として「逃込むだけの避難所から地域防災に立向かう拠点へ」を提唱し地域防災計画に採用された。多くのマンションでの防災セミナーや自治体の防災講演会の講師として活躍中。災害で電気・ガス・水道が止まっても、長期間の在宅避難ができる方法を提唱しており、その方法は具体的でかつ実践的と好評を得ている。2020年11月に『マンション防災の新常識』を出版。長年の研究や実践から生み出した新常識はこれまでの防災対策に不足感を持っていた防災人にとっての新しい指標となっている。朝日、日経、毎日、読売、神奈川、夕刊フジの新聞各紙、『婦人之友』などの雑誌からの取材やラジオ番組への出演も多い。
画像提供/釜石 徹、PIXTA
取材・文/須川奈津江
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