「異物が入っているから返品」という時代
ワインをグラスに注いだとき、底の方から黒い粉状のものが出てきたり、瓶の中に白い結晶のようなものを見つけたりしたことはありませんか?
「もしかして、傷んでいるのでは?」「何か異物が入っている?」「このまま飲んでも大丈夫なの?」と、ワインに慣れていない方であれば、少し不安になるかもしれません。それが澱です。今回はその「ワインの澱」についてお話します。
ワインに慣れていない方からすれば、澱は異物にしか見えませんよね。実際、現在のようにワインが浸透する前には、ワインの中に澱が見つかると、消費者から「不良品ではないか」と販売店へ相談がきたり、場合によっては生産者に返品されたりすることもあったそうです。そのため、ワイン業界でも長い間、一般のお客様が安心して購入できるよう、透明で澄んだ外観に仕上げることが重視されてきました。特に、透明で底が見えやすい白ワインの中にガラス片のような結晶が見えると、知らない人は驚きますよね。あれは酒石といって、しばしば白ワインに見られる結晶物で、害があるものではありません。ですがクレームを防ぐために、瓶詰め前に事前に酒石を結晶化させて取り除く処理が広く行われています。消費者から異物や欠陥と誤解され、生産者も苦心して対応していたわけです。
最初にお伝えしてしまうと、今回お伝えする全ての澱は、飲んで害のあるもではありませんので、まずは安心してください。ですが、澱のあるワインや、澱の種類にも様々なケースがありますので、本コラムで「澱のあるワインへの対処法」を知り、よりワインを楽しめるようになってもらえたら嬉しく思います。
それでは、ワインの瓶底にひっそりと沈んでいる「澱」について、できるだけ分かりやすくご紹介していきたいと思います。
ワインに澱ができる理由 「発酵の澱」
さて、「澱」とは何なのでしょうか。実は、ワインの澱は1種類ではありません。ブドウからワインが生まれ、発酵・熟成していく過程で、さまざまな成分が少しずつ沈殿して澱となっていきます。まずはその種類とそれぞれの特徴を簡単にお伝えしたいと思います。まずは、「発酵を終えた酵母などが沈んだ、発酵由来の澱」です。
ワインは、ブドウ果汁に含まれる糖分を酵母がアルコールへ変えることで生まれます。発酵が終わると、働きを終えた酵母やブドウ果汁に含まれていた細かな果肉、果皮の成分などが、タンクや樽の底に沈んでいきます。これが、発酵後にできる代表的な澱です。
この発酵由来の澱の中でも、果肉や果皮などを多く含む重い澱は、長くワインと接触させるとオフフレーバー(好ましくない香り)の原因になる場合があるため、早めに取り除かれるのが一般的です。一方、細かな酵母を中心とする澱は、適切に管理すれば、ワインにふくよかな質感や複雑な香りを与えてくれます。
フランス語で「澱の上」を意味する「シュール・リー」という単語がワインラベルに書いてあるのを見たことはないでしょうか? これは、発酵後のワインを細かな澱と接触させながら熟成させる方法です。フランス・ロワール地方のミュスカデなどがその代表ですが、世界中にこの手法が使われているワインがあります。このように、適切な澱との接触は、ワインの味わいに厚みをもたらし、複雑さを高めることができるという一面もあるのです。
どうでしょうか。少し澱のイメージが変わってきたのではないでしょうか。実は、このシュール・リーのワイン、青魚との相性がすごく良いのです。澱由来の成分がアジやサバといった光り物の生臭さを消してくれる効果があるためです。ぜひ、ご自宅でお刺身を食べる時などに試してみてください。
ワインの底に沈む「ワインのダイヤモンド」
冒頭でも少しお話しましたが、抜栓したコルクの内側や、瓶の底に沈んでいる透明または白っぽいきれいな結晶、それが酒石です。一見すると、砂糖や塩、あるいは小さなガラス片のようにも見えるので、昔はよくクレームの対象になったようです。
ブドウには、酒石酸という天然の酸が多く含まれています。これがワインの中のカリウムやカルシウムと結びつくと、温度などの条件によって結晶となって瓶底にたまっていきます。特に、ワインを低い温度で保管したときに現れやすいため、冷蔵庫で長く冷やしていた白ワインの方が、よく酒石がみられます。
この酒石は「ワインのダイヤモンド」などと呼ばれたりもしていて、赤ワインだと色素を取り込んで、赤黒い結晶になることもあります。まぁ、ダイヤモンドは少し大げさかもしれませんが、光を受けると本当に小さな宝石のようにキラキラときれいに光ります。コルクに酒石が付着している場合は、静かに静置されていた証拠の一つでもあるため、そのワインはおいしいことが多い、なんてことも言われていました。なので、見た目にもきれいな酒石がコルクについていたら、「ラッキーなワインを引いた」と思って飲むのも楽しいですよね。
もちろん口に入っても問題なく、人体に有害なものではありません。ただ、口に入るとやはりジャリジャリしますので、無理に飲まず、瓶の底に残しておけば大丈夫です。
長い熟成によって生まれる「ヴィンテージワインの澱」
古いワインに澱があるのは、今では一般の方にもだいぶ認知されていると思います。むしろ、ワインの澱と聞くとこちらのイメージの方が強いのではないでしょうか。
若い赤ワインには、色素やタンニンが多く含まれていますが、これらの成分が瓶の中で何年、何十年と熟成するうちに少しずつ結びつき、固形物として瓶の底へ沈みます。これが、ヴィンテージワイン見られる、黒っぽい澱です。
若い時には濃い紫色だった赤ワインが、熟成によってレンガ色や茶色を帯び、渋みが穏やかになっていくのは、こうした色素やタンニンの沈殿も影響しているというわけです。ですから、古い赤ワインに澱があること自体は、決して珍しいことではなく、むしろ、そのワインが瓶の中で長い時間熟成された証しの一つです。
若いころは角が立ち輪郭のしっかりした味わいだった強い赤ワインが、熟成により角が取れ丸みを帯び、球体を飲んでいるような滑らかな味わいへと変化していきます。熟成の素晴らしさです。
ただ、この熟成により出る澱は、口に入るとザラザラするうえに、澱っぽい香り、強い渋みや苦味を感じることがあります。なので、せっかくのおいしいワインのバランスを崩さないよう、細心の注意を払ってグラスに入らないようにすることをおすすめします。最終手段にはなりますが、どうしても澱がグラスにたくさん入りそうになったら、ティッシュで濾してしまいましょう。それだけでかなりの澱を取り除けます。
もちろん、「ヴィンテージワインの澱が好き」という方もおられます。旨味が強く小豆のような食感、高級ワインは澱まで楽しむ人も少なくありません。ワインは楽しみ方も色々です。
ナチュールの澱は気にしないのが一番
近年の消費者の「澱や沈殿物への寛容化」も含めて、ワインを取り巻く価値観は少しずつ変わってきました。その大きなきっかけの一つが、いわゆる「ナチュール」と言われる「ナチュラルワイン」の人気です。ナチュールには世界共通の厳密な定義があるわけではありませんが、一般的には、栽培や醸造への介入をできるだけ少なくし、ブドウや土地、造り手の個性をそのままワインに表現しようとする考え方を指します。
そのため、全てではありませんが、清澄や濾過を強く行わず、わずかなにごりや酵母などの沈殿物を残したまま瓶詰めされるワインがあります。以前なら欠点と思われた見た目が、今では「手を加えすぎていないワイン」「造り手の個性」として受け入れられるようになってきたというわけです。
無濾過のワインは、まるでにごり酒のように、細かな酵母やブドウ由来の成分が粉状の澱として残り、ワイン全体が少しにごっています。底に粉のような澱がたまるものもあれば、瓶を動かすと、煙のようにふわっと舞い上がるものもあります。
ナチュラルワインの底に沈んでいる細かい粉状の澱は、舌触りにあまり悪影響を与えないケースが多いというのが私の感覚です。とても細かいのでワインと一緒にスムーズに口に運ばれるからだと思います。また、それ以上に、澱と一緒に飲んだ方が、ワインの厚みや旨味が増すこともあります。このタイプのワインは、あえてワインを振って、澱を全体になじませてから飲むのも楽しみ方の一つです。澄んでいる上澄みを味見した後に、栓をして軽く振って、澱と一緒に飲んでみてください。きっとその違いが楽しめるはずです。
澱と上手につき合えば、1本がもっとおいしくなる
それぞれの澱の正体が分かったところで、もう少しだけ澱との付き合い方、実際の楽しみ方をお伝えしたいと思います。同じ「澱のあるワイン」でも、ヴィンテージワインとナチュールでは特徴が大きく違いますし、対処法として参考にしてみてください。ちなみに、シュール・リーのワインは瓶詰の段階では澱引きされていますので、ワインに澱は入っていません。また、酒石についても、グラスに入らないように底に残すだけで十分でしょう。
ナチュールのにごり酒タイプの楽しみ方は、前述したとおり、上澄みと澱が交ざったものを両方楽しんでみてください。もし、澱が含まれたものが苦手なようだったら、澱が沈むのを待ってから、静かに上澄みだけ注いで飲めば大丈夫です。ワインは好みですから、好きな味を飲めば良いだけです。
生産者によっては「澱を交ぜて飲んでほしい」といった想いもセットで販売されているケースもあります。購入したショップで、どちらがおすすめなのかを聞いてみるのも良いでしょう。シュール・リーの説明でもお伝えしましたが、澱の成分は香りにクセのある生魚との相性が抜群です。澱が取り除かれているシュール・リーとは違い、澱がたっぷり入っているこのタイプのワインは最強です。〆サバにだって合わせられますので、ぜひお試しあれ。
続いて、ヴィンテージワインです。
ヴィンテージワインの澱は、ナチュールの澱と違って一度舞い上がったら、なかなか瓶底に落ち着いてくれません。可能であれば飲む3日ほど前に、瓶を静かに立てて澱を瓶底に沈めましょう。
ここで少し裏技ですが、古いワインであるほど溜まった澱の近くに旨味が集中していることがあります。なので、飲む一週間前にあえて澱が瓶口まで戻るようにワインを軽く振って、ワインと澱を全体的に馴染ませます。そして一週間縦に静置して澱を沈めます。これで、底に集中していた澱の旨味を、ワイン全体に回すことができるわけです。大切なヴィンテージワインの時だけで良いと思いますので、試してみてください。
注ぐときは瓶を急に傾けずにそっと注ぐのがポイントです。本当はパニエのような、寝かせた状態がキープできる道具があるのが一番ですが、注ぐときにスマホなどのLEDライトを瓶口にあてて、澱が入らないよう注ぐのも良いと思います。澱が溜まった最後の部分は注がずに残して、ワインを飲み終わった後にその部分だけで楽しみましょう。
その他にも、デカンタージュするという手法もありますが、今回の主役は「澱」なので、ここまでにしておきましょう。
まとめ
いかがでしたか?
ワインの澱には様々なものがありますが、その正体を知るだけで、目の前のワインが少し違って見えてくるのではないでしょうか。ここまでお話しましたとおり、「ワインの澱」が身体へ悪影響を与えることはありません。
今まで澱を不安に思っていた方も、このコラムで上手な澱との付き合い方を見つけてくれることを願っています。
皆さんも是非、次に澱のあるワインと出会ったときには、瓶の底まで含めて、そのワインの物語を楽しんでみてください。
監修
牧野 重希(まきの しげき)
吉祥寺の老舗イタリアン、リストランテ イマイのシェフソムリエ。2007年、料理人を志しリストランテ イマイに入社。2010年よりセコンドシェフとして従事。料理を学ぶなかでワインの魅力に惹かれ、お客様へのより良いサービスとワインの提供を目指し、接客に転向。
2023年からWEBサイト「ちょっとまじめにソムリエ試験対策こーざ」の講師に着任。
RISTORANTE IMAI:http://www.ristoranteimai.com/
- ・2013年 ソムリエ取得
- ・2017年 ソムリエ・エクセレンス取得
HOUSING NEWSハウズイングニュースとは
私たち日本ハウズイングと、 管理マンションにお住まいの皆さまをつなぐコミュニティマガジンです。
