ワインの味が驚くほど変わるワイングラス
今回も、「おうちワインの楽しみ方」としてワインを美味しくするコツをお伝えしてまいります。
第15回でもご紹介しましたが「ワインの味わいに影響を与える要素」は次の5つです。
- 温度(ワインの温度、室温など)
- 一緒に食べる料理(飲むワインとの相性など)
- タイミング(飲み頃、抜栓のタイミングなど)
- グラス(厚みや形状)
- シチュエーション(誰とどんなワインを飲んでいるか)
今回のテーマである「グラス(厚みや形状)」は、今までお伝えしてきた要素の中で、もっとも味に違いが表れる要素なのですが、グラスによってワインの味わいが変化するということを知っている方は思いのほか少ないものです。
ワインの味わいに大きな影響を与えるグラスだからこそ、ソムリエはグラスの購入からワインの提供にいたるまで、グラス選びに余念がありません。今回はそんなグラス選びのエッセンスをお伝えしたいと思います。
グラスを選ぶってどういうこと?
皆さんはワイングラスをお持ちでしょうか?
ワインを含めた醸造酒(ビールや日本酒等)はグラスによって味が変わりますが、ワインはその中でも最たるものと言って良いと思います。私のお店ではお客様に同じワインをあえて違うグラスで提供したりしますが、その違いにお客様はびっくりされます。それぐらいグラスの違いでワインの味に変化を感じるからです。グラスの選び方はソムリエによって様々ですが、共通している点は「提供するワインの長所を引き出してあげるにはどのグラスが適しているか」を考えているところです。

日本最優秀ソムリエ受賞歴のある佐藤陽一ソムリエがワイングラスをスピーカーに例えています。
『音源(=ワイン)を表現するのがスピーカー(=ワイングラス)』
どんなスピーカーを選ぶかで聞こえてくる音が変わってくるので、スピーカーを選ぶソムリエはお客様に満足してもらえるように自分が最適だと思うもの選びます。ただ、どんな音が好きかは人それぞれ好みがあります。重低音が強い方が良い、高音がしっかり伸びる方が良いといった具合に……グラス選びも同じで、お客様の好みを伺いながら、そのワインに適したものを選んでいくのです。
さて、ではご家庭ではどんなグラスを選べば良いでしょうか。
グラスの種類は実に様々で、値段も数万円と高額なものから100円ショップで手に入るものまでピンキリです。ここで価格面において一つアドバイスをするとしたら、もし高額なワインを買う、または飲むためにグラスを用意するなら、ワイングラスにもしっかり投資した方が良いということです。世界にたくさんのグラスがあるのは、それだけグラスがワインにとって重要だからです。高額なワインの購入を検討されている方には、まずは良いグラスを買うことをおすすめしたいと思います。それでは、さらに詳しくグラスの違いについてみていきましょう。
高いグラスと安いグラスは何が違うのか
高いグラスと安いグラスでは、いったい何が違うのでしょうか?
まず、一番わかりやすいのがグラスの厚みです。マシンメイドの安価なグラスはかなり厚く造られており、特に重要な飲み口(リム)の部分も厚くてワインの流れを邪魔してしまいます。高額なハンドメイド製品は職人がきれいに薄く成形しているので、ワインの口元への流れがスムースです。ワインがスムースに口元に届く方が、ワインの味わいをよりクリアに感じることができます。これだけでも、比べてみると大きな違いがあります。
続いては温度変化です。ワインにとっての温度の重要性は第17回でお伝えした通りです。厚いグラスの場合、ワインを注ぎ入れたときに常温のグラスにワインが温められ、ワインの温度が2、3度は上がってしまいます。特に夏場は室温も高いためグラスの温度がより高温になり、「冷たい白ワインが飲みたい!」とせっかく冷やしたのにもかかわらず、注いだ瞬間に意味が無くなってしまうこともあります。その点、薄いグラスはワインの温度への影響が少ないので温度変化も最小限で済むのが利点です。
ちなみに、最近は技術の向上によってマシンメイドでもハンドメイドにも負けないくらいとても薄いグラスが登場しています。高額なハンドメイドにこだわらなくても高品質なグラスが手に入りますのでご安心ください。また、そういったグラスはハンドメイド・マシンメイドにかかわらずグラスの形状もよく考えられているため、それぞれ個性の違いはあるものの、量産型として一般的な形を模倣している安価なグラスと比べると、ワインを美味しく飲むのにより特化しています。
では、次はグラスの形状について、もう少し詳しくご説明します。
グラスの形にはどんな意味がある?
ワイングラスにはいくつか定番の形が存在します。代表的なのはバルーン型と呼ばれるふくらみの大きなタイプと、チューリップ型と呼ばれるふくらみは小さめで縦にやや長いタイプの2つです。主に、バルーン型はブルゴーニュグラス、チューリップ型はボルドーグラスと呼ばれることが多いです。それは、この2つの形状がそれぞれの産地のワインに適していると言われているからです。そこをヒントに、それぞれのグラスにどんな効果があるのか見ていきましょう。
バルーン型(ブルゴーニュタイプ)
この形状は上に向かって飲み口がしっかりすぼまっているので、香りが溜まりやすいのが特徴です。ブルゴーニュは香り豊かなワインなので、その香りをしっかり蓄えてくれます。ただ、その反面アルコール度数の高いワインだとアルコールの抜けが悪いので、お酒の弱い方は特に、鼻を近づけすぎるとアルコールが鼻に突く場合もあります。
このグラスの味覚への影響としてあげられるポイントは酸味です。ワインが舌の上に細く流れ込んでくる形状なので、酸味がやわらぎ、果実味を感じやすくなると言われています。「酸味をやさしくしたい」「果実味を前面に出したい」、そんな時に効果を発揮します。ただし、バルーン型は渋味を突出して感じやすい傾向があるので、渋味の強いワインを飲むには不向きです。

チューリップ型(ボルドータイプ)
チューリップ型はまさにバランス型です。香りが上に抜けていく形状をしているので、ストレートにワインの個性が感じられます。また、縦長の形状で液面と鼻との距離が遠くなるため、その距離を上る間に様々な香り成分とアルコール感にまとまりが出ると言われています。ボルドーのようなアルコール度数がある程度高く、しっかりしたワインに向いていると言えます。味わいの面においても強いワインに相性が良いのがこのグラスです。ワインが舌の上にバランスよく全体的に流れ込む形状なので、渋味や果実味が調和して感じられやい形です。色が濃く、渋味もしっかりしたワインにもってこいのグラスと言えます。ただし、繊細で果実味がやさしいワインをこのグラスに入れると、果実味よりも酸味が際立ってしまうことがあるので注意してください。

代表的な2つの形状をお伝えしましたが、どちらのグラスが皆さまの好みのワインに合いそうでしょうか。ご家庭で沢山のグラスを揃えるのは大変なので、それぞれの特徴を踏まえ、ご自身の好みのワインに合う形状を選択するのが良いと思います。また、最近はユニバーサルグラスと言われる様々なワインに程よく調和するグラスも存在します。それぞれのワインに特化はしていないものの、どのワインに対してもある程度相性が良いというタイプです。飲むワインや好みのワインがはっきりしない場合は、このユニバーサルグラスを選択するのも一つの手段です。
大きいグラスは良いワイングラス?
最後にもう一つ重要なポイントをお伝えします。それはグラスの大きさです。皆さまは大きいグラスは赤いワングラス、小さいグラスは白ワインのグラスといったイメージをお持ちではないでしょうか。また、グラスは大きいほど良いと思ってはいないでしょうか。ある意味間違いとは言い切れないのですが、グラスの大きさの意味はそれだけではありません。ワイングラスには100ml程度の小さなものから1リットル以上入るようなとても大きなグラスまで様々なものがあります。その大きさの意味に、グラス選びのヒントがあります。

まず、大きさが与える影響として挙げられるのが温度変化です。大きいグラスは注がれたワインの表面積が大きくなるため、温度上昇が早くなります。それに対して小さいグラスは表面積が小さくなり外気との接触が少なくなるため温度の上昇が緩やかです。白ワインは低い温度のほうが美味しいものが多いため、白ワインのグラスの方が小さく設計されているのです。逆に、高い温度帯のほうが美味しい白ワインは大きいグラスで良いということでもあります。実際に、レストランでは白ワインを大きいグラスでご提供することは多々あります。
次のポイントが果実味の強さと香りのボリューム感です。大きいグラスは香りをしっかり蓄えるので香りのボリュームが出ますが、その反面、ワインが口に運ばれるまでの距離が長すぎて果実味が弱ってしまいます。小さなグラスは香りがダイレクトに感じられる反面、ボリューム感が出ません。ただし、味わいもダイレクトに感じるため、果実味が弱ることがありません。もしかしたら「高級ワインといえば大きいグラス」といったイメージがあるかもしれませんが、先の特徴を踏まえて考えれば、白ワイン赤ワイン問わず、味わいの強い・濃いワインには大きいグラス、味わいが優しい・繊細なワインには小さいグラスが向いているということです。高級ワインには強い・濃いワインが多い傾向があるので、大きなグラスのイメージが定着したのかもしれませんね。
ですが、近頃は昔ほど強いワインが無くなってきているように思います。時代の変化からか、食事も濃い味のものから優しい味わいにシフトし、それに合わせてワインも素材感のある優しく繊細なものが増えているのです。私もあまり大きなグラスを使わなくなってきました。
そこで、ご家庭におすすめするのは中庸なサイズのグラスです。小さすぎてもワインのポテンシャルを表現できずにもったいなく、大きすぎても前述の理由からワインよっては味わいが台無しになる可能性もあります。どちらも損なわない丁度良いものとして、300ml~500ml前後のサイズをおすすめします。ご家庭でも邪魔になりにくいサイズですし、洗うのが楽なのも良い点です。
今回はグラスについて解説しました。ある程度品質のしっかりしたグラスは、ご家庭で購入するには高いと感じるかもしれません。ですが、もし日常的にワインをお飲みになられるようでしたら、きちんとしたグラスの購入をおすすめします。きっとワインを数本買うのを我慢するだけの価値があるはずです。品質の高いグラスは、皆さまがお家ワインを楽しむための大切なパートナーです。是非、今回の内容を参考に最適なワイングラスを探してみてください。
監修

牧野 重希(まきの しげき)
吉祥寺の老舗イタリアン、リストランテ イマイのシェフソムリエ。2007年、料理人を志しリストランテ イマイに入社。2010年よりセコンドシェフとして従事。料理を学ぶなかでワインの魅力に惹かれ、お客様へのより良いサービスとワインの提供を目指し、接客に転向。
2023年からWEBサイト「ちょっとまじめにソムリエ試験対策こーざ」の講師に着任。
RISTORANTE IMAI:http://www.ristoranteimai.com/
- ・2013年 ソムリエ取得
- ・2017年 ソムリエ・エクセレンス取得
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