資格を取ったら本当に「ソムリエ」になれるの?
朝夕はようやく凌ぎやすくなりましたが、まだまだ厳しい残暑が続いています。食卓のワインも、重たい赤ワインよりシュワシュワしたスパークリングワインやスッキリした白ワインが欲しくなる気候です。
「ソムリエ」は、そんなお客様の要望を察知し、お客様が飲みたいと思うワインを適切な温度とタイミングで提供できるように日々努めています。お客様が召し上がるお料理やお好みも考慮し、お客様に一番喜んでもらえるワインは何かを考えて提案します。全ては、お客様にワインを美味しく召し上がってもらうためです。
ただ、今お伝えした「ソムリエ」の仕事の大部分は、実はソムリエが日々の仕事の中で、実践を通して学んでいくことなのです。そのいずれも「ソムリエ資格」を取得するための試験では、あまり問われないということをご存じでしょうか? つまり「ソムリエ資格」を取得したからといって、「ソムリエ」の業務が適切にこなせるわけではありません。では「ソムリエ資格」とは一体どのような資格なのか? 今回は趣向を変えて、そんなお話をしていきたいと思います。
そしてソムリエ資格は、このコラムをお読みいただいているあなたも取ることができる資格であることを先にお伝えしておきましょう。

最難関は一次の筆記試験、知識量は大学受験並み!?
まずはソムリエ試験の概要ですが、ソムリエ試験は日本ソムリエ協会(J.S.A.)が毎年実施しており、試験は一次から三次まであります。
<知識を問う一次試験>
↓
<テイスティング能力を計る二次試験>
↓
<サービス実技の三次試験>
と段階的にふるいにかけられ、すべての試験を通過した受験者に合格が与えられます。
3つの試験の中で、毎年最も合格率が低いのが一次試験の筆記試験です。ただ、筆記と言っても、現在はコンピュータ画面に向かってマウスやキーボードを使って解答するCBT方式を採用しています。出題範囲は世界中のワイン産地、ブドウ品種、発酵の仕組み、果ては日本酒や焼酎、チーズに至るまで、とにかく幅広いのが特徴です。
受験に申し込むと、まずは試験の出題範囲となる教本が届くのですが、これがまた本当に分厚いのです。A4サイズに結構な細かい字でびっしり書かれたものが、毎年たっぷり800ページほどあります。それを見た受験生からは「教本が分厚すぎて枕にできる」とか、「協会から配布される教本は電話帳レベル」といった、少し笑ってしまうようなコメントが毎年聞かれます。だいたいの受験生が「これを全部覚えるの!?」と絶望します。

あまりの絶望感に、大学受験並みに難しいなんて囁かれたりもしますが、実際のところはそこまで難しい試験ではありません。全くの素人から勉強を始めて、最短で2カ月程度の勉強で合格される方もいるくらいです。大学受験の範囲はとても2カ月ではカバーできないでしょう。ソムリエ試験は確かにそれなりの努力が必要ですが、人によってペースの違いはあっても、おおよそ半年から一年間勉強をすれば、誰でも合格可能な試験レベルです。過去問に沿ってしっかり基本を押さえることが重要で、分厚い教本のすべてが頭に入っている必要はありません。
あえてこの試験の大変な部分をお伝えするとしたら、やはり最終的には細かい暗記に終始することです。ブドウ品種の種類や別名(シノニム)、産地の地図や名称などを覚えるのは、一夜漬けでは到底できません。そこがこの一次試験が最大の難関になっている要因です。

ですが、この勉強の過程で「世界中の食文化」がつながって見えてくるのが楽しいところでもあります。日々のスーパーでの買い物も、「これはイタリア原産のチーズだから……」なんて新しい目線で楽しめるようになりますし、少し勉強を進めるだけで、今まで見てきたスーパーのワイン達の素性がボトルを見るだけで分かるようになっていきます。その過程を楽しめると、この試験をより簡単に乗り切れるはずです。
才能は必要ない? 二次のテイスティングはなんとかなる
さて、辛い暗記を乗り越えた先に、とうとうソムリエらしい試験が待っています。二次試験の内容は、実際にワインを飲んで判定する「テイスティング」です。グラスに注がれたワインの外観を見て、香りを感じ、口に含んで、そのワインのコメントを選択する試験です。最後はそのワインのブドウ品種、生産国、造られたヴィンテージ(年)まで回答します。これだけ聞くと、このテイスティング試験がソムリエ試験の中でも最も難しいように思えるのではないでしょうか。

ですが、実のところはそうでもありません。前述の通り、最大の難関が一次試験であることは、ふるいにかけられる不合格者の数が物語っています。年度によって違いはあるものの、この二次のテイスティング試験はおおよそ7~8割程度の受験生が合格できているように思います。なぜなら、このテイスティング試験は、あくまでワインを評価する際の指標として、「ソムリエ協会と同じモノサシを持ってください」という試験であり、ブドウ品種をズバリ当てることが求められる試験ではないからです。選択の対象となる項目は100項目程ありますが、それは自分がワインに率直に感じたことを選択する試験ではなく、ソムリエ協会が求める評価が選択できるかを見ている試験です。そういう意味で、少し座学に近いような側面も持っています。
また、本来であれば主観的、官能的に判断されるアナログなワインという飲み物を、無理やりデジタルに判断する試験なので、正解に幅があるのもこの試験の特徴です。強弱の指標においても、ソムリエ協会が考える範囲におおよそ収まっていれば正解になるので、決して才能が無いと合格できないような試験ではありません。みなさんのイメージとは異なるかもしれませんが、嗅覚や味覚が人より優れている必要はないのです。
試験直後には合否に先んじてブドウ品種・国・ヴィンテージだけが公開されますが、その日はその正解発表をめぐって受験生が大いに盛り上がります。ここで「全部外した!絶対に不合格だ~」と頭を抱える人も沢山いるのですが、私の主宰している試験対策講座でも、毎年ブドウ品種の正解がゼロでも合格される方が沢山います。実際にトップソムリエでもブドウ品種を100%当てることはほぼ不可能ですし、そういったことが求められる試験では無いということです。
三次試験の本当の敵は実技ではなく論述試験

三次試験は「実技サービス」ですが、実は不合格者がほとんど出ない試験です。赤ワインを抜栓してデキャンタージュの作業をして、お客様に提供するまでの流れを見られる試験なのですが、あまり厳しく評価されるわけではないので、ほとんどの受験者が通過できます。試験官に下手だと思われても良いので、制限時間内に自分のペースでしっかり作業を終えればそれで合格です。ただ、かなり緊張するのは間違いありません。実際の試験でも手が震えてコルクを落としてしまったり、緊張しすぎて「ポンッ!」と派手にコルクを抜いてしまったり、デキャンタージュでワインをこぼし、真っ白なクロスに赤いシミをつくってしまったり……。そこへ試験官の冷静な目線が突き刺さります。
私も緊張してテイスティンググラスにワインを注ぐ際に手が震え、グラスと瓶が接触して会場に「カ・カ・カ・カ・カ・カ・カーン!」という音が鳴り響きました。自分でも心の中で笑ってしまうほど派手に鳴らしたので、今でもその時の状況が鮮明に記憶に残っています。それでもちゃんと合格できたので、この実技試験は、まぁ大丈夫なんです。実は伏兵は他にいます。それが論述試験です。
論述試験は三次試験の一つとして評価されるのですが、実際に試験をするのは二次試験と同日になります。その日にテイスティングした二次試験のワインについて、「このワインをどうやって宣伝しますか?」といった少し実務的な質問や、一次試験で勉強した範囲の知識をより深堀りした回答を求められる設問が3つ出題されます。こればかりはしっかり対策をして臨むしかなく、三次試験の不合格者はだいたいこの論述でつまずきます。
飲食業でなくても取得可能な「ワインエキスパート」
さて、ここまでソムリエ試験の話をしてきましたが、冒頭で「あなたにも取れます」とお伝えしたのは、同日に試験が実施される「ワインエキスパート」と呼ばれる資格のことです。ここで、その違いについて簡単に説明しますね。
このソムリエ試験には、飲食業や酒販業での実務経験が必須で、主たる生計をソムリエ業務で立てている必要のある「ソムリエ呼称」と、実務経験不要で誰でも受験でき、趣味や教養としての取得がメインとなる「エキスパート呼称」の2つがあります。
一次試験の筆記は全く同等の試験で、二次試験のテイスティング試験もアイテム数が違うだけでほぼ同等です。違いは三次試験の論述と実技が無いことだけです。
この試験はワインに興味をもつ様々な方が挑戦できるのが特徴で、「子育てが一段落したから」という主婦だったり、「ワイン会で胸を張って語りたい」と定年後に一念発起して受験される方だったりと色々です。一次試験の範囲はソムリエと同じなので、知識レベルはプロ並みで、テイスティングも同程度の試験を通りますから、仕事でないことを除けばソムリエとほぼ同格の資格という扱いになります。

実は、合格率はこのワインエキスパートの方が毎年高くなっていて、ソムリエがおおよそ2~3割なのに対して、エキスパートは3~4割の合格者が出ます。単純に三次試験が無いこともあるとは思いますが、それ以上に、ある程度の余裕が出てきた人が受験を検討するエキスパートに対し、ランチ・ディナーと長時間勤務が普通の飲食業の方は、なかなか勉強の時間が取れないことが一番の要因になっているようにも思います。
まとめ ~ソムリエ資格は運転免許証~
いかがでしたでしょうか。今回はソムリエ試験について少し深堀りしてみました。
内容を知ると、決して手の届かない難しい資格というわけではないと感じられるのではないでしょうか?
実際に、ワインライフを充実させたいと、ワインエキスパートの資格を取ってワインをより豊かに楽しまれている方々は沢山います。もし興味がおありでしたら、ぜひチャレンジしてみてください。これを読んでいる方はきっとワインに興味がある方でしょうから、その原動力があれば必ず合格できる試験です。その勉強の過程で、世界の食文化を学んだり、ワインを通じて人とのつながりが生まれたりするのもメリットです。
家庭料理とワインのマリアージュもきっと今以上に楽しくなるでしょう。ワインを選ぶ時間、飲む時間も、もっともっと楽しくなるはずです。私もこのコラムを通じて応援いたします。
さて、最後に結論としてお伝えしておきたいのは、ソムリエの資格は「運転免許証」のようなものだということです。ある程度、誰でも取得可能な難易度で、更新はありません。冒頭にお伝えした通り、ソムリエにとって重要な業務のほとんどは、仕事の中で常に学んでいかなければなりません。特にワインの知識に関して言えば、お客様の方が詳しいなんてこともざらにあります。ソムリエ資格はソムリエにとってはあくまでスタートにすぎません。
ですから私たちソムリエも、常に知識をアップデートすることを忘れずに、お客様に喜んでもらうための努力をしていかなければと、このコラムを書いて改めて感じた次第です。今回もお読みいただきありがとうございました。
監修

牧野 重希(まきの しげき)
吉祥寺の老舗イタリアン、リストランテ イマイのシェフソムリエ。2007年、料理人を志しリストランテ イマイに入社。2010年よりセコンドシェフとして従事。料理を学ぶなかでワインの魅力に惹かれ、お客様へのより良いサービスとワインの提供を目指し、接客に転向。
2023年からWEBサイト「ちょっとまじめにソムリエ試験対策こーざ」の講師に着任。
RISTORANTE IMAI:http://www.ristoranteimai.com/
- ・2013年 ソムリエ取得
- ・2017年 ソムリエ・エクセレンス取得
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